魔女の家に、僕は住んでいる。














イディスの踊り   T KHOSIDL









魔女の名前はステファニー=エルメシュタイン。齢八十超の婆さんだ。
名前だけ聞けばブロンドの髪のお嬢さんのようだけど、
実際はくすんだ白髪で腰も曲がっていて、顔も皺だらけの老婆。
平均寿命が五十歳という今のご時世じゃあ、この高齢は「魔女」と呼ばれるに相応しい。
これは僕だけの見解じゃなくてこの街に住んでいる人たちはみんな思っている、いわば総意ってやつだ。

魔女が「魔女」と呼ばれている理由はたくさんある。
本当に魔法遣いであるというのもその一つだけれど、この魔女の血筋や人柄、
そして(良い意味でも悪い意味でも)明晰な頭脳を持っているというのもその要因だった。
かなりの高齢である彼女は、どういう訳だか全く呆けていない。
むしろ物覚えは僕よりの良いぐらいで、三週間前の朝食に何を食べたか覚えているほどだ。

口も悪いし達者だし、言葉で戦っても勝った試しがない。
これならまだ、痴呆の気があった方がかわいげがあるってもんだ。



で、僕はそんな魔女の家のベランダで
太陽がようやく腰を上げたような早朝から洗濯物を干している。
下を覗くと街道では早起きの小鳥やお年寄りが挨拶を交わしていて
上を見上げれば綿雲がゆっくりと僕らの頭上を流れていた。平和だなぁ。
城下のような賑わいはないけれど活気の溢れている昼間に比べれば
随分と静かでほのぼのとした光景だった。
これはこれで、僕はこの街が気に入っている。

そんなことを思いながらもせっせと手を動かして
最後に魔女の真っ黒な衣を干し終えると、洗濯かご片手にキッチンへ。
次は朝食を作らないといけない。



魔女は食にもうるさい。
味とか好き嫌いが激しいとかそういうことじゃなくて、栄養バランスにうるさい。
主食に一汁一菜は当たり前、
穀物や序肉・野菜の比率に塩分・糖分の量まで考えないといけない。

僕、別に栄養管理士でも何でもないんだけど…。

しかも、一体どういう身体の仕組みになっているのか
魔女はものを口にしただけでそういうことが分かってしまいみたいで
ちょっとでも僕が手を抜こうものなら

「お前、私を殺す気かい?」

と、氷のように冷たい目で睨みつけられる。姑かあんたは。
それだけで済めばいいけど、酷い時には無言で金縛り掛けられたりもする。
なんだか健康には気を遣ってるらしい。


洗濯機の脇にかごを置いたらキッチンへ直行。
街の中でも指折りのボロ家の割にはキッチンは立派だ。
水回りもちゃんとしてるしコンロも現役、オーブンも絶好調。
もしかしたら魔女が何か魔法でもかけているのかも知れないけど
まぁ不具合はないわけだし別にいっか。

………魔法で何かを改造するのって違法だったよな、とか
そんなことは決して思ってないです。


鍋に火をかけてポタージュを作りながら、隣では鳥を茹でてサラダをこしらえる。
自分で言うのも何だけど、僕の家事レベルはそこらの家政婦に負けてない。
炊事洗濯、掃除に買い物.etc―――
僕に雨風をしのげる場所と、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障する代わりに
(強制的に)義務づけられた「家の雑用」という役目。
「雑用」な時点で文化的じゃないような気もするけど
とにかくそのお陰で僕はその道のプロにも負けない家事能力を手に入れた。
嬉しい………訳じゃないけど、あって困る力でもないし
なんとなく得した気分でいる。


サラダの盛りつけが済んだ頃、ポタージュが煮詰まってきた。
猫舌な魔女は熱い物が苦手で、熱々の食べ物をうっかり出してしまえば
とたんに不機嫌になって小言の山を喰らわされてしまう。
だから煮える前に火を消すか、煮えた物を冷ますかしなければいけない。

ともかく僕は急いで火を消した。
あとは魔女が起きてくるまでにポタージュが冷めることを願うだけだ。





小説置き場