俺は肩で息をしながら振り返った。

「お前たち、大丈夫かっ」

5・6歩後ろには俺以上にヘトヘトになっている小さな子分たちが3人。
路地裏だから薄ら暗くて顔色は良く分からないが、多分顔は赤いのだろう。

「だ、大丈夫です親びん」
「3人とも無事でいますですっ」
「です」

……いちいち喋り方が勘に障るが、まぁ仕方ない。我慢しよう。
せっかくあの頑固親父から逃げられたってのに、こんなところで無駄なエネルギーを使いたくはないし。

それにしても、今回はこのガキどもが1人も捕まらなかったことが奇跡的だ。
誰か捕まってたら助け出すのに骨を折らなきゃならねぇから面倒だったし
逆に俺が捕まっちまったら元も子もない話だ。

「親びん親びん、それで、今日の収穫はどうだったですか?」
「あぁ、ぼちぼちってとこだな。
思ってたより多くもなければ少なくもねぇって感じだ。
あの成金親父、現金なんて興味ねぇのか持ってるもんは宝石ばっかだしよ」

「ほ、宝石ですか!?」
「見たい見たい!」
「ば、馬鹿、素手でさわるんじゃねぇよ!傷ついたら価値が下がんだよ!」

ガキどもが皹(あかぎれ)だらけの手を伸ばしてくるのを必死で押さえて
俺は今日の獲物を入れた麻袋を頭の上へ持っていって死守した。

まったく、そういうことは自分の手を見てからものを言えっつーの。
俺らの手は土やら油やらで汚れまくってんだから遠慮しろよ。

「あーっもう、うざってぇな!こんなのただの石っころじゃねぇかよ!
金に換えねぇと飯だってろくに買えねぇんだぞ。触ると飯の量が減るぞお前ら!」
「う……」
「それは嫌です……」
「ご飯食べたいです」
「だろ?じゃあ俺の言うことは聞くことだな」

ガキどもは飯の話には弱い。これ常識。

「じゃあじゃあ、今からそれをお金に換えてご飯食べるですか?」
「いや、ここじゃあ換金できない。すぐに足がついて捕まっちまう」
「でも、僕たち今お金持ってないですよ」
「ご飯食べれないですー」

そんなの嫌です嫌です嫌です、とガキどもはまた3人で騒ぎ始めた。
…もうホントに何でこいつらを養ってるんだ、俺。子供好きでもねぇのに。
とりあえず収拾つけないと、裏路地とはいえ目立ってしまう。

「―――いいかお前ら、よく聞け。今日はもう一仕事あるんだよ」

俺は溜息を一つ吐いて目線をガキどもに合わせて声を潜めた。
俺の言葉にガキどもは面白いほど息もぴったりに動きを止めて聞き入っている。

「この街の東側に、やたらと流行ってる薬局があるんだ。
話によればそこの店にはヨボヨボの婆さんとガキ一人しか居ないらしい。
そこで、だ。その薬局でちょこっと脅しをかけてちょこっと金を拝借してくる。
今から行ってさっさとこの街からオサラバすれば昼過ぎは隣町まで逃げられるから
そこでこいつらも換金して、みんなで旨いモン食えるぞ」

「美味しいもの食べれるですか!」
「おう、食えるさ。何でも腹一杯に食わせてやる」
「僕たち頑張るです!」
「そうと決まれば親びん、行きましょ行きましょ」

6つの目をキラキラさせて、ガキどもは俺の袖を引っ張り合った。
結局うるさいのは変わらなかったが宝石から興味を逸らせるのには成功した。

この麻袋の中身と、そしてまだ見ぬ現金と。
上手くいけば、ガキどもじゃないが旨い飯にありつける。久しぶりだ。
俺もさすがに絶食3日目になると腹が減ってきた。

「そうだな―――――行くとするか!」

路地の切れ目から見えた空には、青空とそこに浮かんだ白い雲が見えた。










U TERKISHE









目当ての店はすぐに見つかった。
この街で唯一の薬局ってことで,br. 「薬はどこで売ってますか?」なーんて聞けばすぐに答えは返ってきた。
この街の人間はどうやらみんな揃ってお人好しらしい。

看板を見上げると『イディッシュ・ファーマシー』の文字。
達筆というかアヤシゲというか、どちらともとれる字体だった。
正直、近寄りがたい。よくこれで流行ってるよなと素直に思う。

「イディッシュ………イディスの民か?」

ここの店主は男前な性格のようだ。イディスの民を公言するか?普通。
一昔前なら確実に迫害対象だぞ、この店。

「あの店ですか、親びん」
「ちょっと恐いです」
「恐いですー」

ガキどもも当然の感想を口にする。6歳児にもやっぱり恐く見えるらしい。

「こういうのはな、恐いと思うから恐いんだぞ。俺もいるから大丈夫だ。
……さ、行くぞ。さっさと終わらせて旨いもん食べに行くからな」

そう言って俺はガキどもの頭をわしゃわしゃ撫でた。
「やめてくださいー」という3つの声をBGMにして俺は堂々と薬局のドアを開けた。
こういう時はなにもコソコソすることはない。むしろコソコソした方が怪しまれる。
ガキどももその辺りはわきまえているらしく、
手櫛で頭を治しながら小走りで何気なく後に付いてくる。



ドアについた呼び鈴が、からんころん、とよく響く。

薬局の中は薄暗くて薬臭かった。
まぁ薬売ってるところだから薬臭いのは当然だし、直射日光も薬には良くない。
ごくありふれた構造なんだろうが、第一印象がアレなだけに店全体が気味悪く感じる。
幽霊とか妖怪とか魔女とか出てきそうな勢いだ。

声はなくとも後ろにいるガキ3人が怖がっているのを感じる。
今日の早朝の成金奴頑固親父みたいな恐さも嫌だが
こういう薄気味悪い怖さっていうのもタチが悪い。
よくこれで流行ってるよな、ホントに。

そんな店のカウンターの前にガキが一人、ちょこんと座っていた。
十歳以上俺以下、まぁ大体12くらいの惚けた感じの男の子ってところだ。
もそもそという効果音がぴったりな様子でクロワッサン食ってるし
これならちょっと脅せば有り金ぐらいは出してくれるだろう。

「あ、いらっしゃいませー」

見た目に裏切らない気の抜けた声と人懐っこい笑顔で店のガキが挨拶をしてきた。
警戒心ゼロ。悪党なんて見たことありません、って顔して「接客」してる。
これからこのガキを脅すのだと思うと少し心が痛む。

「店主はいるか?」
「あぁ、すみません。ちょっと出掛けてまして」

気軽な様子で聞いた俺に対して、ガキは律儀に答えを返した。

まぁ店主が居ないのは好都合だ。ヨボヨボの婆さんを脅すのはさすがに気が引ける。
かといってこのガキを脅すのに躊躇がないって訳じゃない。十分良心は痛んでる。
盗賊家業といっても弱者相手にするほど人でなしじゃないつもりだし
ガキとか高齢者とか狙うのもどうかと思ってはいる。
でもやっぱ金持ちとか溜め込んでる奴はむかつくし、それに何より食べていく金がないと死んじまう。
俺一人だけでも大変だってのに、ガキ3人も抱えてたら尚更だ。
あー、本当に何で俺、ガキ3人も養ってるんだろ。

しかも店のガキはそんな俺の心中も知らず、まだニコニコと話しかけてくる。

「どんな薬をご所望ですか?
今は店主が席を外してるんでお渡しできませんけど
次いらっしゃるときまではご用意しますよ」

「欲しいのは―――薬じゃないんでね」

「は?」

全然意味を掴み切れてないらしくガキはきょとんとした顔で固まった。
当たり前の反応だな、うん。

俺は上着の内ポケットからナイフを取り出して突きつけた。


「有り金全部。出してもらえる?」

友達に鉛筆を借りるようなノリで、俺はそう言った。





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