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和太利 序


平茸……か?と彼らは呟いた。

先程、朝から山へ木伐りに出ていた僧房の者が戻ってきた。
紅葉色づくこの季節、春や夏のような若々しい山菜こそ無いものの、
茸や無花果、石榴といった芳しい恵みが山の中に溢れている。
中でも茸は菜の物としても汁の実としても
ここの僧たちもよく好んでいた。

そんな茸好きの僧たちが四、五人ほど集まって、喜ぶべき収穫を取り囲みながら何やら思案げにしている。

「これは平茸ではないのではないか……?」

じりい、とその茸を睨みながら一人の僧が言った。
むむぅと他の僧たちも困り果てて唸る。
当の茸はというと、そんな彼らの様子もどこ吹く風と、すました様子でそこに鎮座している。

見れば見るほど愛で甚き茸である。
どれだけ長い年月を生きてきたのか傘が広く、
取ってきた量は少量であるにもかかわらず五人分の汁の実になりそうなほど大きい。
肉の部分も厚く、いかにも食い応えのありそうな茸である。

ただ不気味なのは、傘の色が異様に濃いことと、ひだが怪しく白いこと、
さらには、心なしか不審な匂いがすること。

「平茸……ではなかろうて」
「むしろ椎茸の方が近いやも知れませぬなぁ」
「しかし椎茸にしては些か大きいような……」
「だが実に美味そうであることよ」

僧たちはひそひそと語った。
別段、声を潜めなくてはならぬ理由もないのだが、普段のような声音で話すのは気が引けた。
なにせ機嫌の悪い秋の天のお陰でここ数日は茸を取りに行くことができなかったのだ。
待ちに待ったこの恵みを逃したくはない、されども茸を侮って儚くなるようなことは遠慮したい。
彼らは茸の美味さを知っているのと同時にその危うさも熟知していた。

「おぉ、そうじゃ。この茸は何処(いずこ)から取って参られた」
「はあて、確かここから東に二三里行ったところであったか」
「いやいや、我らがお聞きしたいのはさに非ず」
「何の木より取って参られたかということだ」
「それは分かりかねまする」
「……はて困ったものよ。楝や椋のものであればすぐにでも汁の実にしてしもうておるのだが」
「これだから若き者には務まらぬと言うに」
「そう仰せらるるな。この御方ほど若くなければ、おいそれと山には入れますまい。
拙僧のような老いぼれには、野山を駆け回るなど叶わぬ事にございましょうて」

口々に各人を避難したり擁護したり、何やら仲間割れまで始まりつつある。
それほど彼らにとっては待ちかねたものであったし、期待の大きさも知れようというものだ。

この時代、一日二食という食生活が相場である。
庶民や労働者に置いては三食とする者もあったし、止ん事無い御身分の者たちには所謂「おやつ」に相当するものもあったようだが、
基本的に「食事」としては二食なのである。
ましてや仏の道に従う僧ともなれば、一日一食が普通であったようだ。
一日に一度しかない食に対して大きく関心を寄せるということは、人として至極真っ当なことのように思える。

「これでは埒が明かぬ!」

一人の僧がこの状況に堪えかねて、周りより一回りほど大きな声を上げた。

「よくよく考えれば、皆がこの茸を喰らいたいと思うことこそ仏の道に外れておるのではなかろうか。
喰いたいと思う、これこそ食に対する浅ましき欲ぞ。
斯様なことで諍いを起こしておっては、成仏などなし得る道理がありませぬ。
僧籍に身を置くものにおいて、ものを欲する心こそ何よりも退けねばならぬはず」
「―――さもあらん」
「さもあらん」

この僧の正論に他の者は頷いた。むしろ己の食に対する卑しさ、はしたなさに恥じ入っているようでもある。
他の者を説き伏せた僧は、皆が納得している様子を見て満足すると大様に頷いて、そこでだが、と続けた。

「儂がほんの少しばかりこの茸を食べてみて、何事もないようであれば皆で食べるとしようではないか。
なに、そんなに多くは取らぬ。傘の端の少しでよいから、まずは汁の実にでもして食べてみよう。
さすれば実も多く残ろうし、儂とてこの茸が真に毒を持つものであっても死ぬことはないであろう」
「それは名案」
「しかし、それでは貴殿が随分と損な役回りではないか?」
「いや、逆に一番に茸を食したいだけやも知れぬ」

彼らの間に、先程とはまた別の波紋が広がり始めた。
どう考えても、この僧の申し出は己に不利なのである。
下手をすれば自らが毒にやられ、また上手くいっても普通に茸が食べられるだけで己には旨味がないのである。
この僧たちの中には、前者を心配する者と後者をいぶかしむ者の両方がいた。

「ご心配召されるな。
儂は生来、薬が効きにくい身にて毒もさほど効かぬ。たといこの茸が毒であっても、少しなら全く問題ありますまい。
多少、不味い思いをするだけでございましょう。
―――中には儂が何か企んでおるのではないかと思うておる方もおいでのようだが、
儂も皆と同じく久々に茸を喰いたいだけじゃ。ご安心召されよ」

講釈をするような口ぶりでそう語る僧には説得力があった。
この申し出を退ける理由を彼らは持ち合わせていなかった。
この僧はいわば毒味役を買って出ている訳で、他の者たちは彼の様子を見て茸を食うか食わぬか決めればいいのである。
当の毒味役も毒は効かぬ身体だと言っているのだから、その話を信じるなら確かに問題はないのである。
まさか己の身が懸かっているという話に嘘などつこうはずがない。

「貴殿がそのように仰せになるのなら」
「むぅ、それより他には何も思い浮かばぬし」
「そうすることにしようかの」
「では、早速汁の準備をしようぞ」

そうして彼らは茸の端をほんの少しだけ千切り取り、それを煎り物にして汁を作った。
汁を目の前にして嬉しそうにしているこの僧を見て、周りの僧が幾分か後悔したのは言うまでもない。






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