とんとんとん、と老婆のものとは思えないテンポのいい足音だけが聞こえてくる。
どうやら魔女はもう1階に下りていったみたいだ。

下の階は営業スペース―――つまりお店だ。

いくら魔女でも「魔女」をやっているだけじゃ食っていけない。
「魔女」というのはあくまで種族名で属性名で愛称ではあるけれど
決して職業名ではないから普通の人と同じように手に職を付けて働かないといけない。
世の中の魔法遣いたちはその技術(スキル)を活かして探偵だとか便利屋だとかを営んでいたり
中には治癒能力を持つ魔法遣いもいて診療所を開いている人もいる。

もちろん魔法使わずに普通の人間として働き暮らしている人もいるわけで、
割とみんな共存して上手く生活している。

でもその反対に、技術を悪用する魔法遣いも、極一部だけど確かにいる。
窃盗強盗、殺人暗殺。内戦なんか起きている場所だとテロを起こす魔法遣いもいるそうだ。
まぁ魔法遣いの技術なんてどんな科学や機械よりも手っ取り早いものだから
のっぴきならない事態に陥った時、使ってしまうっていうのは人間の性(さが)なんだろう。
それにしても物騒な話だ。



それはさておき、それでこの家の魔女は何の仕事に就いているのかと言えば
実はこの街の薬屋さんとして働いているのだ。

その名もイディッシュ・ファーマシー。

魔法遣いで薬屋さんなんて怪しすぎるし、まるでお伽噺に出てくる悪い魔女みたいなんだけど
意外なことに二人の人間が食べていくのに十分なほど儲かっている。

その理由は3つある。
1つは、他の薬局に行くとなると隣の街まで出掛けなくてはならないこと。
つまりこの街には他に薬を売っているところがないわけで
まぁ隣町もそんなに遠い訳じゃないけれど、みんな面倒だからここに買いに来るってことだ。

2つめの理由は、ここの品揃えの良さ。
風邪薬一つを取ってみても
咳くしゃみ鼻水鼻づまり、頭痛腹痛関節痛、吐き気寒気悪寒に解熱作用etc………,
それらの症状ごとに各10種類以上は取りそろえている。
それでも薬が合わない時はわざわざ患者さんを診察して合う薬を調合するっていう徹底ぶり。

だから街の住人の中には
体が悪くなったらとりあえずあの薬局に行けば大丈夫、と思っている人も少なくないらしい。

最後の理由は、ここの薬はびっくりするほどよく効くから。
魔女が手に入れてくる材料から魔女独自の手法で作られた薬の数々は
それこそ魔法なんじゃないかと思うくらいに効果抜群だ。

塗ればたちまち傷がふさがる傷薬
飲めば必ず熱が下がる解熱剤
眠たくならないのに速効で収まる頭痛薬―――。

まぁ、めちゃくちゃ臭かったり物凄く不味かったり副作用が酷かったり、
っていう短所はあるけれど直ぐ治るのは確かだ。
この前は噂を聞きつけて城下からいらっしゃったお客さんもいたほどで。

かく言う僕は、薬のことについてはノータッチだ。というか、魔女が触れさせてくれない。
材料だって魔女が魔法でどこかに飛んでいって取ってくるし
調剤室にも絶対入れてくれない。薬瓶にすら指一本触れさせない。
やっぱり薬は薬、素人が手を出しちゃいけないデリケートな物ってことだろうか。
僕が魔女に義務づけられたのが家事だっていうのも、その辺りに原因があるのかも知れない。


そんなことで、僕すら正体不明の薬たちは巷でそれなりの需要があって、
結構多くの人が(魔女の人の悪さに堪え忍びながら)この薬屋さんにやってくる。
お客さんが可哀想なので接客については魔女の許しも得て僕がやっているのだけれど
僕が家事をしていたり買い物に出ている間は、残念だけどお客さんに嫌な目にあって貰うしかない。
申し訳ないです。







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